高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

オーバーツーリズムでニセコ化する草津

高城未来研究所【Future Report】Vol.698(11月1日)より

今週は草津にいます。

日本有数の温泉地として知られる群馬県の草津町。
その名を聞けば、湯けむり立ち上る温泉街の情景を思い浮かべる方も多いでしょうが、近代になって開発された温泉と異なり、奈良時代の文献にもその名が記されているほど長い歴史を誇ります。
江戸時代には湯治場として栄え、特に徳川将軍家からも厚い信頼を受けるほど名声が高まり、多くの人々が病を癒すために訪れました。
草津温泉は強酸性の硫黄泉が特徴です。
その効能は「万病に効く」と称され、長年「天下の名湯」と呼ばれてきました。
古くからの伝統は今も受け継がれ、温泉街には歴史的な建造物や風情ある街並みが残ります。

このような歴史的かつ保守的な地域で、2019年にある事件が勃発します。
地域行政が江戸時代から続くとされる独自の入浴法「時間湯」の指導役「湯長」を廃止する方針を発表。
湯治客に症状や体調を尋ねることなどが医療行為との疑いを招き、医師法違反の懸念があると判断した結果でしたが、一方で湯治文化の伝統を踏まえ、「歴史あるものを簡単に変えていいのか」と保守派との対立が激化しました。

同時期、古き悪き町の慣習を打破しようとする「草津町はじまって以来の異色」と呼ばれ、「旅館業以外からの初の町長」が、女性町議会議員から性的関係を強要されたと告発されました。
当時、世相はMe too運動真っ只中だったことから注目を集めましたが、町長は一貫してこの告発を否定した上に、草津町議会は女性議員に対して除名処分を可決し失職させます。
こうして草津町は「セカンドレイプの町」などと不名誉極まりないレッテルを貼られ、全国的に批判されるようになったのです。

ところが、裁判でこの女性議員の告発が虚偽であることが判明します。
マスコミはその後も明確に報道することはありませんでしたが、利権だった「湯長」の廃止に腹を立てた保守派の陰謀であることが、公然の事実として浮き彫りになりました。

しかし、悪評は簡単には拭いされません。
そこで、草津町は汚名を挽回するため、PRの活路を台湾に見出し、在留台湾人モニターツアーを通したリアル体験をベースに大SNSプロモーションを開始しました。

これが功を奏して、現在草津に訪れるインバウンドの60%が台湾客となるまで復活を果たしました。
なかでも「湯畑」に人気が集中しています。
草津のシンボルとも言える「湯畑」は、温泉の成分である湯の花の採取や湯温を調節する施設で、一日に約4000リットルもの温泉が湧き出す壮大な光景が広がります。
温泉成分が白く結晶化した湯畑は、まるで異世界に迷い込んだかのような雰囲気があり、夜にはライトアップされ、幻想的な風景を楽しむことができ、多くのインバウンドを惹きつけています。

近年、冬季日本観光の「温泉」が海外ゲストにも定着したことで、現在、草津の観光客数はパンデミック以前の過去最高だった(セクハラ問題が社会化する以前の)2019年度を上回るペースで伸びており、ニセコに続く人気となった白馬から立ち寄る人たちも相当数います。

こうして草津の人口14万人ほどの小さな街に、年間およそ400万人の観光客が押し寄せ、渋谷とおなじく日中人口の2.5%までインバウンド率が高まっています。
スクランブル交差点同様、「湯畑」を取り囲む海外ゲストが年々増え続けており、温泉街のあらゆるものが観光客価格に値上がりし、もはやオーバーツーリズム状態にあるのは間違いありません。

日々住民たち、特に観光業に従事しない人たちの不満が高まりつつありますが、こちらは保守派の陰謀ではありません。
果たして、地域行政はいかにして舵を取るのか。
草津は、日本の縮図なのでしょうか?

徐々にニセコ化し、地域一帯がインフレ化する草津。
本格的シーズンがはじまるのは、これからです。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.698 11月1日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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